本部門設立の背景
笹子トンネルの天井板崩落事故や銀座での空洞発生などインフラの老朽化が深刻になる中、国民からは引き続き安全で安心なインフラを提供するようインフラ管理の高度化が求められている。一方、厳しい財政状況のもと、より低コストで効率的なインフラの管理手法を常に追求していくことは社会的要請である。こうした中、平成26年3月31日に、国土交通省は、道路法施行規則の一部改正等を行い、道路の維持修繕に関する省令・告示を制定した。具体的には、道路構造物について統一的な基準を示し、これにもとづき5年に1回の頻度で点検を行うことを基本とし、点検、診断の結果等について、記録・保存することや統一的な尺度で健全性の診断結果を分類することを全道路管理者に責務として課した。
しかし、長引く財政の低迷により、地方公共団体や請負企業における現場の土木技術者は減少し、マンパワーが限られている。それに加え、経験者が退職時期を迎えるにも関わらずそれを受け継ぐ世代の層が薄く、如何に技術やノウハウを伝承するかという技術の連続性、そして紙ベースの管理台帳とデジタルデータによって新たに取得されるインフラデータの突合せの必要性、更には膨大なデータの処理と今後進展するAIの親和性に対する期待など現場実務は多くのジレンマを抱えている。
こうした背景から、定期的な点検のデータの体系的な蓄積、過去のデータとの比較などがより簡便かつ効率的に実施でき、インフラ管理に活用できることが喫緊の課題となっている。他方、国土交通省が進めるインフラメンテナンス国民会議においても、路面下やコンクリート床板など直接見ることが出来ない部分の性状を把握したいという市町村の切実な声がしばしば聞かれるなど、インフラ空間の情報基盤に対する道路管理者のニーズは高いと考えられる。こうした課題・ニーズに対応するには、構造物や地形・地物、劣化や損傷の位置を正確に把握し、あるいは、予防保全に資するよう劣化や損傷の予兆を把握し、これらをインフラの空間データとして整理・記録することにより、インフラ情報基盤を整備し、施設の長寿命化などインフラ管理に活用する技術の研究開発が必要となる。
本部門の目的
インフラ管理の高度化や予防保全を進めるためには、インフラ空間情報の取得・整理・活用をより効率的・効果的に行うとともに、老朽化や損傷の兆候を把握する新たな手法の開発が重要である。これまでインフラデータは施設毎、管理者毎にバラバラに取得され、管理されていた。しかし、寄付者である(株)カナン・ジオリサーチが保有するGMS3では、地上の地形・地物と地下の空洞データの連続的な取得と道路空間におけるインフラデータの一元的な管理が可能である。
本研究では、取得データの解析精度の向上に取り組む。それを通してインフラ空間の情報基盤システムの高度化によるインフラ管理の精緻化を図ることを目的とする。平成30年度から令和5年度までの6年間に渡って寄付講座を設置し、このような課題に対して研究に取り組んできた。この6年間で多くの研究論文を執筆するとともに、中核となる特許も取得してきた。引き続き、令和6年度~令和8年度の3年間に渡って寄付講座を継続し、本課題に関する研究を展開するとともに、実務書の刊行やアジア圏への展開など、より確固たる技術基盤を確立する。
研究の意義とねらい
愛媛大学防災情報研究センター インフラ空間情報基盤寄附研究部門 特命教授 矢田部 龍一
我が国は、社会的には本格的な少子高齢社会に突入し、新たな投資への余力が限られる時代を迎えている。また、地球温暖化など自然環境の厳しさは年々増し、災害の頻度や規模も大きくなっている。そして、戦後の我が国の発展を支えてきた社会資本は更新の時代を迎え、平成25年には国土交通省が「メンテナンス元年」を宣言し、国を挙げて社会資本の老朽化対策と長寿命化に取り組むこととなった。
こうした状況のもと、インフラメンテナンスを着実に進めるために様々な新技術や計画的取り組みの必要性が指摘されるが、実は最も根幹的で重要な分野の取り組みの立ち遅れが著しく、その一つがインフラデータの蓄積と管理・活用である。具体的には、インフラの空間における連続的な位置情報や点検・補修の履歴情報、これらにかかるノウハウや技術に関する情報など、こうしたインフラ空間にかかる基盤的な情報はアナログ時代から取得され、保管されているものの、管理方法は分散されている、あるいは一部は散在し、一部は更新されないなど、データの取得から整理・管理・活用・更新とIT時代に即した改善が必要である。我々はこれに着目し、インフラにかかる空間基盤情報の高度化に資する研究を推進することとしている。
特に、レーダやカメラ画像から地上と地下を連続して3次元データとして一元的に取得・管理する技術の活用によるインフラ管理の高度化や災害復旧の円滑化に加え、インフラ空間に関する技術の伝承や関連技術の国際的な展開など、実務と連携した研究を柱としている。
当部門の研究者が有意義な研究成果を挙げ、多くの機関や研究者に刺激を与えるとともに、我が国社会の発展に寄与することを期待する。